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マルファンである息子 その3

<気胸一回目>

息子は高校生の時、突然、気胸になりました。

家から自転車で15分位で通える高校。身体の調子の悪い時には私が車で送迎していました。

ある日、「すぐ迎えに来て。」と電話があったのですが、様子がおかしい。聞けばずっと胸が痛く、息が苦しいと言います。

「すぐ救急車を呼んでもらいなさい。」と言ったのですが、もう学校を出てしまったから嫌だと言い張ります。電話で言い合いをしていたのですが、埒が明かず待ち合わせの場所へと車を走らせました。

うずくまっているのを見てただ事ではないと思い、その場で救急車を呼ぼうとしたら、これまたひどく嫌がり、車に乗り込んで、もう大丈夫だと言い張ります。

じっとしていたら、苦しいのは治ってきたというので、家へ帰りました。この時既に、肺は破けてしまっていたんですね。

この後、私は幾度となく雷を落とすことになり、息子は息子で、怖くて痛い思いをする羽目になるのです。(--〆)

おとなしく寝ていた次の日、どうしても行ってほしいところがある、と言うので行くと、そこはゲーム屋さん。その日発売だったゲームを手に入れると、後は煮るなり焼くなり節。あんなに嫌がっていた病院へ行くと言い出しました。

まさか、あんた、これの為に!!ヽ(`Д´)ノ

病院へ行くと即入院。

「肺が破けてるので動いてはいけません。トイレもここで。」

そんなことを聞くような息子ではありません。痛くて苦しいと言いながらゲームの為に我慢するヤツだ。看護師の目を盗んではトイレにこそっと行っているに違いない。

私もこの時、気胸というものがどんなものかわからず、じっとしていたら自然に治るという医者の言葉を信じ、また、じっとしているだけで何もしなくて治る、簡単な病気と勝手に解釈してしまっていました。後でとても後悔します。

毎日病院通いは続きましたが、息子はすこぶる元気だし、少しずつ治ってきているとものだと信じて疑わなかったのです。

例えば10段階で5位になっていたものが、6、7、8と日を追うごとに回復し、やがて10になって退院となるであろうし、その日もすぐにやってくると思っていました。

ところがなかなか治りません。動く息子が悪いのか、マルファンの為治りが悪いのか。

二ヶ月近くたって、気胸よりも、毎日撮られるレントゲンの方が、心配になってきた頃、ようやく退院の声が。

明日退院と言う知らせを聞いて、いそいそと着替えを持って病院へ行くと、数人の友達の真ん中に、寝転んでいる息子を発見。?????友達が来て寝転んでいるなんてありえない。いつもと違う息子の様子に嫌な予感が・・・。

「どうしたの?」 「ちょっと息苦しい。」

すぐにピンときた私は、詰め所へ走りましたが、先生は帰った後で週明けしか来ないといい、診てもらえません。指先で酸素を見る機械では、95%なので心配いらない、と強く言われたので不安はあったものの引き下がりました。

しかし、その後も息苦しさと胸痛は消えず、すこし熱まで出てきてしまい、退院どころではなくなってしまいました。土日の休みの間何もしてもらえず、どんどん息が苦しくなり週明け一番の検査をとても待ち遠しく思いました。

結果は、肺が入院時よりかなり縮んでいて、もう自然に治すどころではなくなっていました。

もう高校生だからと親との面談を避け、何事も息子と治療方針を勝手に決めてしまい、挙句に入院時より悪化という展開に、二ヶ月間という時間とお金の無駄を嘆き、担当医不信に陥りました。

週明けに早々病院へ行くと、酸素吸入までしています。おまけに注射器で胸の空気を直接抜くだの、だめだったら観音開きの手術になると脅かされ、私の我慢が限界に達しました。

まだパソコンも持っていない時だったので、手の空いた時に病院内の売店で医療関係の雑誌を探しました。運よく気胸の最新手術の記事を見つけ、胸腔鏡手術の事を知り、すぐに転院を申し出ました。

入院していた病院の親元みたいな付属病院に行くと、なんと気胸の胸腔鏡手術は珍しいことではなく、すぐに実行されました。手術前の説明もきちんとされ、専門の先生もいない小さい病院の医療の遅れを痛感しました。

もう留年まで何日も余裕がないことを知った息子は、手術後、抜糸直後に退院し、学校へ通うことになったのです。手術の為の入院はホント、短いものでした。

授業の遅れを、永遠に取り戻すことが出来なかったのは、言うまでもありませんが、最初の楽チンのんびり入院生活の、つけが回ってきたのだからしょうがないです。

思えば、明日退院という日、①やっと入浴許可がでたことで、風呂好きな息子は長風呂をしてしまった。この時ふさがりかけた穴が再度破けたものと推測されます。(いきなり胸まで浸かっちゃダメだと私なら言ったのに!)

おまけに友達が来て、退院だからもう大丈夫だろうと、②屋上でキャッチボールまでしてしまい、身体の異変を感じながらも言い出せなかった。

③先生も毎日レントゲンを撮っていたのに、最終日結果を見ずに帰ってしまった。

悪いことが重なり合いこの結果となったのでした。

振り出しに戻るならまだしも、人生初の手術を受ける羽目になった事は、息子にとって、大きな、心身ともに痛い経験となったであろうと察します。

女の子と違って男の子は、本当に言う事を聞きません。イノシシ生まれだからか、ドカン!とぶつかるまで気がつきません。

息子は手術のあと、しばらくは規則正しい生活を心がけていました。

ホント、しばらくは、です。                    <つづく>

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