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フレンズ

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持つべきものは親友

先日、親友に私の病気のことを話しました。でも、マルファン症候群という名前はまだ言えませんでした。

まず、人間の血管というものは三層になっていて、万が一、中から破れても、中の血液がすぐに飛び出てしまわないようになっている・・・という、人間のうまく出来た体の造りを説明しました。

でも自分の病気は、細胞同士の組織を結びつける力が弱い為、血管も非常に脆い。だからこの三層になっている血管の真ん中が先に破れてしまう為、予備が外側の一枚しかなく、普通の人に比べたら、破れて致命傷になる危険性が高い、ということなどを話しました。

今年の検査の結果が悪く、その後も胸痛と首や背中の痛みが続いているということ、そして毎日非常にだるくしんどい、ということなどを話しました。

彼女は少し驚き、『もしもの時はどうしたらいいの?どこへ運ばれたら助かるの?』と矢継ぎ早にいろいろ質問してくれました。

田舎だから、一番頼りにしている心臓専門の病院は、高速で飛ばしても一時間以上はかかってしまうだろうし、家庭の事情で、たぶん家の二階で倒れたとしても、年寄りには気付かれず、ご飯が出来ていないと怒鳴りに上がってきて、息絶えた私を見つけて騒ぐだろう・・・。

万が一、瀕死の状態の私を見つけても、2人とも認知症だから、救急車をすぐに呼ぶことも出来ないだろうね。もしかしたらまだ息がある私を、昼まで寝ているなんてあきれた嫁だと、だんな様が帰ってくるまでほったらかしにするかもしれないね・・・。

だんな様が見つけた時には、私は冷たくなっているだろうね。どっち道、破けちゃったら終わりだと思っているけど・・・。

だんな様は、親が入院したらいろいろネットで調べて、大丈夫だといくら言っても会社を休み、先生に直接聞いたり必要以上に心配するけど、私の時は手術をした時でさえ、仕事が大事だと休んでくれなかった。もっとちゃんと、貴女のように結婚相手を慎重に、じっくり選べば良かったな・・・。

そんな話を淡々と話すと、静かに涙を流してくれました。

私は人見知りが強く、上手に話すことが出来ないから誤解されやすく、人付き合いも非常に苦手だから友達も少ない。その上、家庭環境のせいもあり、いろんなお誘いをことごとく断っていたので、余計に親しい人は少ない。

そんな中、常に暗く沈みがちな私を、根気よく誘って、いつも励まし楽しませてくれ、引っ張って行ってくれた親友。

自分の病気のことを、第三者にはじめて詳しく話すことが出来た、唯一の人です。

彼女は、別れ際に、『希望を持って頑張ろう!』と勇気付けてくれ、『また楽しいひと時を、いっぱい過ごしていきましょう!』と言ってくれた。

ありがとう♪♪

涙が出るほど、とっても嬉しかった。

そして後日、いつものように久しぶりに会ってランチをしていると、嬉しそうに彼女は話だした。

『ねえ、見た?我が市にも河川敷に、ドクターヘリが来るようになったでしょ?これで万が一の時は大丈夫よ!!』

私の万が一の時を想定して、あの病気を打ち明けた日からずっと、彼女はいろいろと私を勇気付けるために、調べていてくれた様だった。まるで自分の打開策が見つかったかの様に、いきいきと目を輝かせながら話す彼女を見て、私は、自分が恥ずかしくなった。

万が一の時は助かりっこない!と、諦めてばかりの私を、何とか前向きに救おうとしてくれている、彼女のひたむきな態度に脱帽した。

そう、希望を捨てちゃ、何も始まらない。

自分の未来を自分が信じなくちゃ、生きている価値がないね。

そう、大昔のことを思えば、助かる命はぐーんと増えているものね。

常にネガティブ路線を走ろうと甘える私を、すかさずポジティブ路線に向き変えてくれる、頼もしい親友を持って、私は本当に幸せ者だな、とつくづく思ったのでした。

そのうち、マルファン症候群という病名も明かそうかな・・・。

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