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あべのハルカスを見上げて

あべのハルカスを見上げて

本日ついに、工事中のあべのハルカスが、完成予定の300メートルに到達しました。

うーん、凄いですね、日本一です。グランドオープンは2014年春の予定です。

写真は300メートル目前の時ですが、実家に帰ると必ず見上げて楽しみにしていました。

ハルカスって、晴るかす、(心)晴れ晴れとさせるって意味ですよね。ネーミングがとってもいいですね。

最初は全く興味がなかったというか、毎日家事で追われて気がつかなかったのですが、ある日実家に帰る途中、大和川の橋を渡っていると、息子が言ってくれたのです。

『ハルカス見えてんで。』

その日以来、実家に行く時は意識して見ていました。

グランドオープンまでは見上げて、オープンしたら上に上がって大阪を一望し、私の心を晴るかす存在になってくれることと思います。

今からとっても楽しみにしています。

半年経ちました

さて、亡くなった爺ちゃんの行事も一段落し、ほっとしている間もなく、再検査の日がやってきました。

真冬に、遠い病院に行くのは辛いなあと、ずっと思っていましたが、真夏もなかなか大変です。

実家から駅まで炎天下をテクテク、10分足らずの距離ですが、駅の階段がハアハア、ゼーゼー。あと数段のところで足が動かず、乗り遅れること十数回。・・・ハハハ、ほとんどだわ。

30分以上の余裕をみて出ているので大丈夫ですけど、電車を乗り継いで目的地に着く少し前まで、汗は滝の様に流れ続けます。

病院に着くと受付を済ませて、すぐに院内のローソンへ行き、汗をふき取る濡れティッシュを買って、トイレでサッパリ拭きあげて検査室へ。

今回のエコー検査は、とても礼儀正しく上手な人に当たって、短時間でスムーズに苦痛なく終わりました。良かったあ(^・^)

この病院の良いところは、早めに病院に着いても、本来の予約検査の時間まで待たされることなく、早めに呼んでくれるところです。2つ検査があってスムーズに流れると、次の検査の予約時間まで45分もある・・・と思っていたら呼んでくれて、ロスがありません。ありがたいシステムです。

あとは結果を待つばかりですが、この半年間、精神的にも肉体的にも無理が重なっているので、とても心配です。

でも、わかっているけど心配したってしようがないことですね。

自分にとって一番良い結果が出ますように・・・っと。

なすび牛に乗って

引き続き初盆の行事が終わりました。

目まぐるしくいろいろな行事をこなし、一息ついています。

仏壇屋さん、お寺さん、母屋のおばちゃん、親戚のおばちゃん、近所のおばちゃん、いろんな人が初めての我が家の行事を支えて、手取り足取り・・・でもないけど教えてくれます。

でも・・・。

みんなマチマチ~。

こうだと聞いて、していたら、別の人が、いやいやそうじゃない。はて・・・?ではこうしよう、としていたら、また別の人が、いやいやそれはおかしい。

頼りになるのは仏壇屋さんかと思い、いろいろ聞いていると、昔の風習に忠実的で堅苦しすぎる・・・(-.-) 

『大念仏に嫁いだら不幸、門徒なら幸せ。残念やったねえ。』 そう、何度も言われ続けながら、6日の夜から仏様のお迎えの準備をし、朝昼晩の三度の膳を毎日用意し、言われるがまま、14、15日はお茶湯(チャトウ)までしました。

お茶湯とは、一日75回、熱いお茶を、冷めたら入れ替えるんです。先祖様の分とかで、6個の小さな湯のみです。我が家は爺ちゃんが初めてなので、1個・・・というわけにもいかず、その両親の分を合わせ、3個の湯飲みでやりました。

精霊は湯気を飲むらしく、湯気が出なくなったら入れ替えるらしいのです。

この真夏に、熱いお茶を、爺ちゃんが飲むわけないだろ・・・火傷するわい!と怒っているんじゃないか・・・とか、そんな邪念は振り払い、ひたすらモクモクお茶を入れ替えました。

一日中、どこにも行けませんよ。

そういう風に、ただひたすら帰ってきた精霊のことを考えて、お世話するのが大念仏の教えだそうです。本当に大念仏に嫁いだら大変です。でも・・・。

ウチの婆さんは大念仏に嫁いだのに、この歳まで何もしてませんし、これからも何もしないでしょう。中には幸せな嫁もいるということですね。でもそれって、本当に幸せなのかな・・・?

きゅうり馬となすび牛も作り、出迎え、そして送りました。だんな様の育てたきゅうりで作った馬の乗り心地はどうだったかなあ?

川に見送りにも行きました。線香を立て、花だけそっと流しました。

昔は新棚(アラタナ)も提灯もすべて川で燃やし、流したそうです。でも、今は大変!そんなことをしたら川が汚れます。

『回り灯篭の電気のコードが、燃え残って難儀したわあ・・・。』と母屋のおばちゃんが言っていてびっくり! 昔はそんなんまで燃やしたの???川が汚れるはずやわ。

我が家はもちろん、来年も回す予定です。

とうとう

40日ほどの入院生活を終え、あれよあれよと言う間に、とうとう爺ちゃんは逝ってしまいました。

かなりの後家相だった婆ちゃん相手に、それを上回る強運で、幾度のピンチをはねのけ、この歳まで頑張った爺ちゃんでしたが、力尽きてしまいました。

入院中、毎日のように病院に行ってましたが、私の体力も限界に近づき、胸痛が取れず左手は異常にだるいままで、夜は息苦しさでなかなか熟睡できず、私の方が先に、あの世へ行ってしまうのではないかと思っていました。

こんな状況の中でも、一人、デイサービスに行って、独自に楽しんでいた婆ちゃん。

病院へ行って見舞った日ぐらいは、爺ちゃんのことを考えて世話をしてあげればいいのに、ちょっと目を離すと廊下へ出て、他の入院患者やその家族とずっとお喋りをしていた婆ちゃん。

その姿を知ってか知らずか爺ちゃんは、この世に未練が無くなったのか、思いのほか早く逝ってしまいました。

その内に、とは思っていたものの、いざ葬式となると何をどうしていいのかわからず、気が急くばかりで四苦八苦の毎日でした。

どうしよう??と考える時間が無く、決断を迫られることばかりでした。

お通夜に着物を着るために、中途半端な髪を切ることから始まり、『満中陰を迎えるまでに、位牌と仏壇を用意しろ。』と言われ、本当に考える余地もないまま、全貯金を下ろして仏壇を買い、満中陰を迎えました。

どうまつればいいのと聞くと、やったことないから知らん、何にも分からん!と言いながら、仏壇は金でないとあかん、大きい方がええ、と口出しばかりの婆ちゃん。

線香番をするすると言いながら、任すと大変!!

やたらマッチを擦りたがるし、畳は焦げてる、白布も焦げ穴だらけ、灰や水は、こぼしたまま知らん顔・・・(ー_ー)!!

耳が遠いので、寝てても飛び起きるほどの大きさで、りんを鳴らすんです。

まだまだ行事は続きます。

そんなこんなで、私は今日もグルグルめまい中です(>_<)

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