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フレンズ

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PTAの役 その2

嫌だ出来ないと悩んでいたPTAの役ですが、いざ覚悟を決めてやってみると、これが以外に楽しい部分がありました。それを書かなきゃね。

もちろん身体には負担がかかり、しんどい事もたくさんありました。何より体力を消耗します。性格が真面目すぎて(コホッ(^。^))、いい加減に手を抜けない性質(たち)なので少々厄介でした。

会議は座って話し合いだけなのですが、何時間もは、ちときつい。いろいろな行事の準備やら、当番制の見回り、清掃等、家事の合間に、ボランティアで仕事に行くような感じです。

健康な人はあまり感じないでしょうが、疲れやすい私は、時折、疲労がピークになり家事に支障をきたしていました。早く帰ってご飯作らなきゃ、とか、遅くなっちゃったどうしよう、とか、結構時間に追われるのがストレスでした。

でもなぜ、楽しかったと言えるのか。

それは、いろいろなお母さん達といろいろなお話が出来たからです。(*^_^*)

気の合うお母さん達と、子供のこととか、家庭のこととか、面白い話、怖い話、悲しい話、楽しい話、いろいろいっぱい聞けました。

女の子と違って、男の子は、自分からは、学校であった事は一割位しか話してくれません。だから委員会に行って得る情報は、私にとっては大きなプラスの情報になりました。

対人恐怖症みたいな、あがり症の私でしたが、慣れればおしゃべりも出来ますし、役の中でも派閥みたいなのはできますが、気の合う人というのは2,3回会えばわかるので自然と仲間が出来ました。類は友を呼ぶ、みたいな感じです。

そして何より、先生との距離がうんと近くなります。いろいろな先生に顔を覚えてもらえるので、子供もたくさんの先生に気にかけてもらえるような気がしました。

特に学級委員をした時は強く感じましたね。年に数回の懇談会を、毎月特別にしてもらっているようなすごいお得な気分でした。

トータルで考えると、小学校のPTAの役が一番しんどかったように思います。まだ右も左もわからないまま不安ばかりが先行して、周りは先輩ママさんばかりだったからか・・・。でも何とかなりました。

やっぱり、慣れですね。何でも慣れてしまえば何のことはない。やってみなけりゃ始まらない。何事も案ずるより産むが易しです。(*^。^*)

そのまま病気を前に出して、盾を作って、家に閉じこもっていたら、全然つまらない30代、40代を過ごしていたかも知れません。

今では、無理をしてでも家族に反対されてでも、勇気を出してPTAの役をやって、本当に良かったと思っています。

地域によって差はあると思いますが、もしやむを得ず役に当たりそうとか、どうしようかと悩んでいるなら、体調がOKであれば、おすすめします。

勇気を出してチャレンジしてみて下さい。きっと貴重な体験ができて、良い思い出になるはずですよ。

私は今でも、その時にできた友人たちと、年に一度は飲み会を開いています。

PTAの役

「突然死ぬかも知れない病気なの。」

と打ち明けた時、以外にも返ってきた答えは、「そんなの人間誰でもやん。」でした。自分と考え方が同じ人にしか打ち明けたくなかった理由は、まさにそれでした。

「えー、それはたいへんねー。じゃあPTAの役はしなくていいわよ。」と、当然やさしい答えが返ってくるものだと期待していた私は、社会の厳しさを目の当たりにしたのでした。

息子が小学生の時、皆が嫌がるPTAの役が、体調不良で欠席した私に、勝手に決められてしまっていました。

病気がちで親しい人が少なかったせいもありますが、人見知りが激しいのか、あがり症だからなのか、私はあまり人付き合いが上手くなく、自分から人の輪の中に入るのはとても苦手でした。

誰もが嫌がって役が決まらない中、欠席している私に矢が当たり、不正なくじびきのもと、私に決まってしまったのでした。

と言っても、術後の体調が戻りきらない時だったので、やむを得ず不本意ながら、手術をしたことを打ち明けたのですが、容赦のない答えに愕然としました。

そりゃそうだ。人間誰でも明日の命の保証はない。突然死をたてに嫌な役を逃れようなんざ、虫のいい話だ。ーなんて思われたのだろうか。

結局引き受けざるを得なかったのですが、初日の引継ぎ会合から熱が出て欠席。

やむを得ず引き受けたのに、家族は断りきれなかった自分を責める。で、私はどんどん身も心もボロボロになっていきました。――好きで引き受けたんじゃあないんよ。ヽ(`Д´)ノ

会議があるのはたいてい夜で、揉め事などがあると午前様になりました。

家族の非難は続きましたが、もともと何でも、一生懸命のめり込むタイプの私は、身体が回復してくると、どんどん役にハマってきてしまいました。――やっぱり好きなんか?――違うー!!ヽ(`Д´)ノ

後々、親しくなった人から数年たって、やっと不正なくじ引きの真相が聞きだせましたが、不正が大嫌いな私の根性に火をつける事になりました。(おー、こわ!(゜o゜))

と言っても、その人達を責めたり、なじったりなどはもちろんできません。長になった特権を生かし、不正が出来ないような仕組みに改革しちゃいました。(*^。^*)

気の弱い、お人よしさんがいつも損をする、そんな理不尽な社会のゆがみを、ちょびっとだけど正してやりました。でもそれが・・・のちのち、村八分に・・・(T_T)

でも全然後悔はしていません。弱者の味方で何が悪い!!

でも、息子が卒業し、私の意志を継いでくれた友人は、ものの見事、こっぱみじんに・・・。

また元の、弱者に容赦の無い優しさの欠けたPTAに戻ってしまいました。

いつの世も、強いものが勝ってしまうのかなあと、さすがの私も卒業した後のPTAに口出しは出来ませんでした。

結局、正直者はバカを見る、みたいな感じですが、長いものに巻かれて要領よく生きる生き方もあるけれど、自分の信念は絶対曲げないもんね。――って言ってた、十数年前の自分、強い自分に、ちょっと戻りたいなあ・・・と思っている私なのでした。