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フレンズ

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日々、老化中

ああ、もう、ご無沙汰が当たり前になって、大変申し訳なく思っていますm(__)m

最近の私は、50代後半になって日々、老化の道をまっしぐらに突き進んでいる気がします。

普通に健常者として生き抜いてきても、中高年に差し掛かるとあちこち体もガタがくる頃で、まあ、私はマルファンで、ちょっと人様より早いんだろうなというところでしょうか。

30代の頃より、だましだましきた足首のくるぶし辺りが、もう何度も挫(くじ)く癖がついたせいで、グラグラになって歩くのが困難になってきました。

装具を誂え、装着後2ヶ月ぐらいで治り、外して数年、また挫いて装着。

そんなことを繰り返して20数年。

最近は装具のことも忘れて、ずっと我慢して歩いてたら、夜も寝れなくなって整形を受診。

ロキソニンテープを貼ってまた我慢。装具もどこかへやっちゃったし(>_<)

そうこうしてるうちに、また挫き、転倒。反対側のひざからこけてしまいました。

両足が痛いと不自由ですね(T_T)

息子からは、『おばあさん』と呼ばれ、ガックリ落ち込んでいる最中、またもや本当の婆さんが入院してしまいました。

婆さんはいつものように私を悩ませて、いうことを全然聞かない為、急性肺炎を起こし呼吸困難になりました。

風邪を引いた人の見舞いに行ってうつってしまい、咳が酷いのに病院に行くのを嫌がり、というか、デイサービスを休むのが嫌で、無理して行った為こじらせてしまったんです。

先生は、今度こそ覚悟しておくようにと言いましたが、私たち家族は全然冷めていました。

案の定、すぐに復活し、看護師さんや同室の人にまたまた迷惑をかけています。

『今度入院したら放っとくよ!』と言ってた私ですが、し・か・た・な・く 毎日、痛い足を引きずって病院通いをしています。

本当に放っておきたい気分ですが、そんなこと出来ないんだよね(・へ・)

結婚式

先日、姪の結婚式がありました。

久しぶりに着物を着ないといけない、髪もアップにしないといけない、大阪の梅田まで出ないといけない等、私にとっては体力のいる大仕事です。

2ヶ月前からまず、婆さんをショートステイに預ける準備から始まりました。手続きやらお試し外泊やら、婆さんの機嫌を損ねないよう、至れり尽くせり。

そして2週間前、留袖を干しておこうとタンスから出すと・・・!!(゚0゚) クリーニングに出してしまっておいたのに、また一面カビだらけ~(>_<)

我が家は田んぼだったところに家を建てたらしく、ずっと湿気には悩まされてきましたが、もう打てる対策が全て無駄だとわかってから、ずっと見て見ぬ振りをしてきました。

ここ何年間か、そんなところに気を配る余裕がなかったのも事実です。

慌てて再度、京都まで超特急のクリーニングに出してもらい、ギリギリ前日仕上がってきましたが、余計な出費が加算されました。

もうこの時点で、お式の前からぐったりの私(T_T)

『足袋だけ忘れたらアカンよ~。あんたは別注やから借りられへんよ~。』 実母が何度も電話してきました。

昔から忘れ物が多い私。しかもこれだけは!っていうものをなぜか忘れる。先日も、観劇に行って肝心の切符を忘れる、という失態をやらかしたばかりなので、前日も夜中まで念を入れてチェックしたので、大丈夫でした。

朝一番に家を出て、美容院で髪をセットし、ホテルで着付けをしてもらいました。でもその着付けが、私だけ凄く時間がかかってしまいました。早めに行ったのに次々と後から来た人に抜かされ、やっと帯を結ぶ段階になった時にベテランの人が助けに来てくれました。

立ちっぱなしの疲れ果てた私を見て、『何か不都合がありますか?』と尋ねられたので、『息が苦しいです。』と答えると、途端に、『全部やり直し!』と叫びました。

えーーー!!お式が始まっちゃうーーー!!

でも、そのベテランの人は手際よく紐を外し、5分で全てやり直してくれました。最初の人は見習いだったようで、背の高い私の着付けは、難しかったのでしょうね。ああ、最初からベテランの人にしてもらいたかったなあ。1時間以上もかかった着付けは初めてです。

この時点で、ほぼ一日の体力が失われた私(T_T)

結婚式はホテル内のチャペルで行われ、披露宴は新郎新婦が自分たちで全て考え、なかなか楽しいものでした。30年前の自分たちの時と比べ、随分変わったなあと感じていました。

でも最後の、花嫁から両親への感謝の手紙を聞いていると、うるうる・・・。ふと、兄を見ると、やはりうるうるしていたので、思わず笑ってしまいました。

鬼の目にも涙ってとこでしょうか(*^_^*) 父親にとって娘を嫁がせるってことは、本当に寂しいものだと思います。年頃になったらあまり口を利いてくれなくて、そのまま見知らぬ男に連れ去られてしまうんですからね。

兄は女の子二人なので、比較的相手をしてくれる下の子は、簡単に手放さないかもしれません^_^;

今月はもうひとり、姉の一番下の子が嫁ぎます。

結婚式は疲れるとはいうものの、招待される側なので気疲れはなく、楽しくて本当にいいものですね。

ウキウキ気分のままタクシーで実家へ着いたら、もう暗くなっていました。

そこで、はっ!と気がついた。注がれるもの全て飲み干していただんな様のお顔は、まっ赤っ赤。

もう、力が残ってない私は、どうやって運転して帰ったのか、覚えていません・・・。 

桜が咲いて春来たれり

ご無沙汰しましたm(__)m 長い冬の間、ブログは冬眠(?)しておりました。

婆さんは年末に、寒さがあまりわからないのか、頻繁に外へ出て、ひどい咳の風邪を引いてしまいました。その後、勝手に置き薬の、強力な咳止めを飲んで咳を三日で抑えたものの、やはり、後々になって心臓が悲鳴を上げました。

お正月、いつもより食が細く、元気がないなと思っていました。どこにも行きたがらないし、居眠りばかりしていました。

最後のお正月休みの日、手が腫れて痛いとぐずりだし、仕方なく時間外受診しました。

ところが、当番医は専門外とのことで、骨折を疑ったもののレントゲンを見ても診断がつかず、熱が出てハアハアと呼吸も荒くなったのに、循環器も専門外とのことで、明日再度出直してくれと言われました。

翌日朝一番に病院に行きましたが、正月明けで超満員。

整形と内科の両方の診察が終わり、即入院となり、病室に入れた時はもう薄暗くなっていました。

蜂巣炎(蜂窩織炎)と診断されましたが、心臓が前回入院時よりひどくなっていました。

1週間ほどで炎症が治まったと思っていたのに、菌は残っていて、抗生剤の点滴を止めるとまたぶり返したため、入院が長引いてしまいました。

そのうち院内感染で、インフルエンザの患者が次々出たのですが、婆さんはへっちゃらです。毎日病院に行く私も、インフルエンザは怖いのでヒヤヒヤなのに、わがまま婆さんは、たった1日行かなかっただけで、プリプリ怒るのです。

最後は、『もう病院は飽きた、早く帰りたい。』 そう言って退院したのに、家に帰ると『家は寒い。』ってブツブツ(ーー;)

当たり前ですよ。我が家は昔から寒いんです。

1ヶ月間ほぼ毎日病院に通いつめた私は、体はクタクタ。婆さんが退院してからは心がボロボロ。2月3月は自分の病院通いが続きました。

そういうわけで、ブログが全然更新できずに、たくさんの人にご心配をお掛けしてしまいました。ごめんなさいねm(__)m

まだ寒さが残る中、大阪も桜が咲き始め、やっと春らしくなってきました。

なのに、花粉と共に、何やら変なものが空中を飛んでいる為、布団も干せず窓も開けれず、まだまだスッキリしない私ですが、温かさとともに体の方は、だんだん活発化してきたので、お出かけも楽しくなってきそうです。

ブログの方もまた、今日から頑張りますね(^・^)

秋深し

朝晩寒くなってきましたが、日中は秋晴れが続き、穏やかな散歩日和だというのに・・・。

私ときたらいつものおせっかいが災いして、祭りの手伝いの後、病院通いをしています。ああ、無理をしなければ良かったな・・・と、いつものように自己嫌悪に陥っています。

人間誰でも、やる前から結果がわかっていても、やってみなけりゃ分からないってその時は思いますよねぇ。ましてや頼まれたら断り辛いから、未来の自分の寝込んだ姿が目に見えたとしても、大丈夫だろうと思ってやってしまいますよねぇ、何でも。

何とかなるだろう・・・、そう思って手伝いに出かけました。

祭りの2週間ほど前に椎間板をやられているので、ダブルコルセットをグルグルに巻き、重いものは若い子に任せ、洗い物も極力せずに、2日間それなりに頑張りました。

でも、次の日の倦怠感、疲労感はハンパではなく、とうとう2日後の夜、熱が出てしまいました。

ううう~。のどが痛い~。久しぶりに風邪を引いてしまいました(>_<)

そんな中、その風邪を持ち帰った張本人の婆さんは、やたら寝ていた時期が過ぎた頃から、風邪が治ったのかうろうろし始めました。

いつも誰かの家に遊びに行くのが趣味の婆さん。私に言うと止められるのがわかっているような時間帯(早朝)や場所(隣村)は、こっそり黙って抜け出します。

大体、袋にお菓子を詰めて、ガサガサしているので私はわかっていますが、もう、止める元気もない時は、見て見ぬ振りをしています。

そんな日が2日続き、またデイサービスから帰った途端に、ちょっと行ってくる、というのでストップをかけました。

調子に乗ってたら入院になるよ!

忠告しても聞くはずもなく、冷え込む夕暮れ、婆さんは振り切って行ってしまいました。

ハアハア、ゼエゼエ・・・・・(ー_ー)!!

次の日、入院となりました。だから言わんこっちゃない(ーー゛)

私は風邪がこじれて、夜中咳き込んで、睡眠不足でフラフラの中、声もガラガラなのに、毎日病院へ見舞っています。

入院した婆さんは、・・・すこぶる元気で、毎日大声で喋って笑ってます。

これって、・・・なんかおかしいよねぇ(T_T)

大難は小難 小難は無難に

昔から実母がいつも拝んでいる時に、ぶつぶつ聞こえてくる言葉です。

私たち子供が離れて暮らすようになってからも、毎日朝晩、幾度となく神様に、病気をしないように、怪我をしないように、しても軽く済みますようにと、ずっと拝んでくれているようです。

そのおかげがあってか、私たち子供は何とか大きな難を逃れることが出来て、今日に至っているのかなと思います。

今年我が家は、難ばかり続いているような気がします。

まあ、良いことばかりが起こる人生なんて、あまり聞いたことがないですから、これが普通なのかもしれません。

正月前に姑が、私の、難を逃れるために活けた南天の枝を、実がポロポロ落ちて嫌いと言って、私の留守間に山へ捨ててしまったことが、私はとても気になっていました。

南天の実はそんなにポロポロ落ちません。難を転じると言って災いが起こっても大丈夫なように、験を担いで、だいたい毎年お正月の花を活ける時に使います。

姑はどうも昔から、私が活ける花は気に入らないらしく、留守間にいじっていたりします。近年認知症がひどくなってからは、目に見えて意地悪をするようになっていました。

私も長年やられていますから、大体婆さんの行動は分かるようになり、その時も裏山へ行って、捨てられた南天の枝を拾ってもう一度活けました。捨てる場所もわかっています。

ただ、真ん中でボキッと折られていたので、別の器で玄関に置きましたが、嫌な予感はしていました。

何事もなければいいけどねえ・・・と息子と話していましたが、それっきり別に気にもしていませんでした。

ところがそれから、私の体調が悪くなり、引き続き爺さんが亡くなり、そして先日息子が大怪我をしてしまい、ふと、南天のことを思い出したのです。

まあ、偶然でしょうけど、嫌な予感は的中しました。

幸い、息子は、口元と左肩擦過傷、左腕骨折、両膝擦過創などの怪我で、運転が出来ない、風呂に入れない程度の不自由さで済みました。

これも実母の毎日の、『大難は小難に、小難は無難に。』というお祈りのおかげかと感謝しています。

右腕だったら本当に不自由ですものねぇ。不幸中の幸いでした。

でも私は、不定期にめまいに襲われるため、運転のみならず、いろんな家事を息子に助けてもらっていたので、全てわが身で補う上に、息子の病院通いの送迎などが増え、とても忙しいしんどい日々でした。

そんな私たちの苦労を知ってか知らずか、その間、手がかからなかったらいいのですが、イロイロ問題を起こしてくれる姑。

南天の枝を折って捨てた姑が、何食わぬ顔で毎日すこぶる元気なのが、私はちょっと癪に障るのです・・・(u_u。)

なすび牛に乗って

引き続き初盆の行事が終わりました。

目まぐるしくいろいろな行事をこなし、一息ついています。

仏壇屋さん、お寺さん、母屋のおばちゃん、親戚のおばちゃん、近所のおばちゃん、いろんな人が初めての我が家の行事を支えて、手取り足取り・・・でもないけど教えてくれます。

でも・・・。

みんなマチマチ~。

こうだと聞いて、していたら、別の人が、いやいやそうじゃない。はて・・・?ではこうしよう、としていたら、また別の人が、いやいやそれはおかしい。

頼りになるのは仏壇屋さんかと思い、いろいろ聞いていると、昔の風習に忠実的で堅苦しすぎる・・・(-.-) 

『大念仏に嫁いだら不幸、門徒なら幸せ。残念やったねえ。』 そう、何度も言われ続けながら、6日の夜から仏様のお迎えの準備をし、朝昼晩の三度の膳を毎日用意し、言われるがまま、14、15日はお茶湯(チャトウ)までしました。

お茶湯とは、一日75回、熱いお茶を、冷めたら入れ替えるんです。先祖様の分とかで、6個の小さな湯のみです。我が家は爺ちゃんが初めてなので、1個・・・というわけにもいかず、その両親の分を合わせ、3個の湯飲みでやりました。

精霊は湯気を飲むらしく、湯気が出なくなったら入れ替えるらしいのです。

この真夏に、熱いお茶を、爺ちゃんが飲むわけないだろ・・・火傷するわい!と怒っているんじゃないか・・・とか、そんな邪念は振り払い、ひたすらモクモクお茶を入れ替えました。

一日中、どこにも行けませんよ。

そういう風に、ただひたすら帰ってきた精霊のことを考えて、お世話するのが大念仏の教えだそうです。本当に大念仏に嫁いだら大変です。でも・・・。

ウチの婆さんは大念仏に嫁いだのに、この歳まで何もしてませんし、これからも何もしないでしょう。中には幸せな嫁もいるということですね。でもそれって、本当に幸せなのかな・・・?

きゅうり馬となすび牛も作り、出迎え、そして送りました。だんな様の育てたきゅうりで作った馬の乗り心地はどうだったかなあ?

川に見送りにも行きました。線香を立て、花だけそっと流しました。

昔は新棚(アラタナ)も提灯もすべて川で燃やし、流したそうです。でも、今は大変!そんなことをしたら川が汚れます。

『回り灯篭の電気のコードが、燃え残って難儀したわあ・・・。』と母屋のおばちゃんが言っていてびっくり! 昔はそんなんまで燃やしたの???川が汚れるはずやわ。

我が家はもちろん、来年も回す予定です。

とうとう

40日ほどの入院生活を終え、あれよあれよと言う間に、とうとう爺ちゃんは逝ってしまいました。

かなりの後家相だった婆ちゃん相手に、それを上回る強運で、幾度のピンチをはねのけ、この歳まで頑張った爺ちゃんでしたが、力尽きてしまいました。

入院中、毎日のように病院に行ってましたが、私の体力も限界に近づき、胸痛が取れず左手は異常にだるいままで、夜は息苦しさでなかなか熟睡できず、私の方が先に、あの世へ行ってしまうのではないかと思っていました。

こんな状況の中でも、一人、デイサービスに行って、独自に楽しんでいた婆ちゃん。

病院へ行って見舞った日ぐらいは、爺ちゃんのことを考えて世話をしてあげればいいのに、ちょっと目を離すと廊下へ出て、他の入院患者やその家族とずっとお喋りをしていた婆ちゃん。

その姿を知ってか知らずか爺ちゃんは、この世に未練が無くなったのか、思いのほか早く逝ってしまいました。

その内に、とは思っていたものの、いざ葬式となると何をどうしていいのかわからず、気が急くばかりで四苦八苦の毎日でした。

どうしよう??と考える時間が無く、決断を迫られることばかりでした。

お通夜に着物を着るために、中途半端な髪を切ることから始まり、『満中陰を迎えるまでに、位牌と仏壇を用意しろ。』と言われ、本当に考える余地もないまま、全貯金を下ろして仏壇を買い、満中陰を迎えました。

どうまつればいいのと聞くと、やったことないから知らん、何にも分からん!と言いながら、仏壇は金でないとあかん、大きい方がええ、と口出しばかりの婆ちゃん。

線香番をするすると言いながら、任すと大変!!

やたらマッチを擦りたがるし、畳は焦げてる、白布も焦げ穴だらけ、灰や水は、こぼしたまま知らん顔・・・(ー_ー)!!

耳が遠いので、寝てても飛び起きるほどの大きさで、りんを鳴らすんです。

まだまだ行事は続きます。

そんなこんなで、私は今日もグルグルめまい中です(>_<)

またやった

なんだか何事にもイライラして、おかしいなとは思っていました。

やることなすことカラ回りで・・・。

忙しい中やっと時間をとってかけつけた蕎麦屋は、まさかの超満員。

気を取り直して隣の町まで車を走らせ、新しくオープンした新鮮を売りにした回り寿司のお店に入るが、割引券や無料券を忘れてがっかり。

スーパーに寄って息子にピッタリのコートを見つけたのに、またもや2割引のハガキを忘れて断念。

今日はついてないなあ。どうしたんだろう。

相変わらず婆さんは、節分の巻き寿司をドーソンで去年から予約したはずなのに、知らない、していないと言い張って手こずらし、私のイライラはピークに達していた。

美容院で借りてきた傘を、寒くて返しにいけないと私に行かせたくせに、大好きなドーソンには、やっと探してあげた引換券を持っていそいそと行ってしまった。

ああ、昨日も行ったのに、また二袋も買ってきてしまった・・・。

そんなイライラはいつものことなのに、特別腹が立ってしまった。

とうとう、巻き寿司はひとかぶりしかできなかった。いわしもひと口。

ああ、歳を取るための行事だったのに・・・。

全国的にとっても寒い夜でした。私は38℃の熱がでて、一晩震えが止まらなかった。

時々両足が攣って、最悪の状態だった。

やっと温まって寝ようと思ったら、お腹が痛くなってトイレでガタガタ震え、布団にもぐって震えていたら足が攣り、やっと温まったらお腹が・・・を繰り返し、朝を迎えた。

息子にまた世話をかけてしまった。息子は病院にも連れて行ってくれ、おかゆも炊いてくれました。

だんな様は・・・名古屋に旅行中です。

また痩せてしまいました。

携帯 水没す

占いどおり、ついてない日って一日ついてないんですね。

その日は朝から、ことごとくついてないことばかりで、家に閉じこもっていたかったけど、そんな日に限って、嫌でも用事ができて出て行く羽目になるんです。

『今日も出ていくんけ?』

いつもどおりの言葉も、かなりカチンと頭にきたのも、ついてない日だったからかな。

『昨日も言ったし、さっきも言ったよ。カレンダーにも書いてるよ。急ぐからじゃあね。』

だめだだめだ。

イライラして運転をすると、ろくなことがない。

心を落ち着かせて目的地まで、大好きな百恵ちゃんを口ずさむ。

♪ばかにしないでよー♪そっちのせいよー♪

あららら、眉間にシワが・・・。

目的地到着。

って、いつもの病院です。

先日から胃腸が不調で、胃にポリープを7個も持っている身としては、胃の周辺が痛むと、良からぬことを考えてしまい、ただの食べすぎでさえ、大病の前触れではないかとよけいに心配してしまうのです。

年に一度の検査を、って言われていたし、胃カメラそろそろしようかな。

腹をくくって受診したのに、散々待たされた結果、市の一般検診を受けなさいって。

そこで異常がでたらまた来なさいって、どういうこと?

ふりだしに戻されたってわけ??ずっと受けてる病院なのに~?

・・・あ、・・・またやっちゃった。

私の悪い癖です。本来の題目の記事とは、どんどんかけ離れて全然違う話に・・・。

そう、携帯を落としてしまったのです。

完全にチャップリと浸かったわけではないのですが、運悪く充電のふたが、数日前に取れてしまって穴が開いておりました。

しばらく何事もなかったかのように使えていたのですが、突然プッツリ・・・。

そうでしょうね。デリケートな機械ですもの。

2時間のポシャリタイム。

忙しかったのもありますが、どうしていいかわからなかったのも事実。

2時間後、ようやく我に返った私は、ドライヤーで乾かしてみました。

おお、電源が入った!

次々メールが入り、すぐにまたポシャリ。慌ててまたドライヤー。

結果、何とか時々復活するも、動作がめっちゃ重たくて使い物にならず、翌日修理に出しました。

水没は補償できません、と言われ、ドライヤーを使ったことを怒られ、バックアップしていないことを呆れられ、何を質問されてもちんぷんかんぷんな私に、とうとう業を煮やした小栗旬似のイケメン兄ちゃんは、黙々とキーボードを叩きだした。

その間私は、兄ちゃんの指先をただひたすら見つめ、家事に追われ老いゆくしかない自分の脳を嘆いておりました。

直りますよね?などとは聞きはしない。だって直らないなんて思っていないから。

一週間足らずのお預けで、携帯は無事戻ってきた。

だんなに宛てた、婆ちゃんの愚痴メールは残っているのに、苦労してダウンロードした全てのものを、うまく消し去って・・・。

忙しい毎日

7月の終わりから8月の初めにかけて、田んぼは数日間水を抜いて干すので、その間に旅行に行こう!・・・とだんな様の提案で、6月ごろから計画を立てていました。

去年の、小豆島へ行くのに乗った船の旅が、よほど気に入ったのか、往復船旅の北海道5日間を提案してきました。

丸2日間、船~~ship

修学旅行なら、友達となら、楽しいだろうに~。

往復寝てればいいよ・・・確かに楽そうだけど・・・。

私には5日間も、あの年寄りたちを家に放し飼い・・・いや、置いて家を空けるのは、心配で心配で・・・(何の心配?smile

そこで一旦、旅行はお流れ・・・。

と思っていたら、急遽、だんな様が行き先を変更してホテルも予約してしまったので、ドタバタ用意して強引に出発。

2泊3日飛騨高山、下呂温泉への家族旅行となりました。

ああ~ん、遠い~bearing

私は近場でいいのに~。

高速はもう1000円じゃなくなったのに~。

今までの旅行で一番の距離を、車で走りました。(私は運転しなかったけどね。)

旅行の前はもちろん、帰ってからも私は、毎日ものすごく忙しかったのです。

もう倒れる~_ノフ○ グッタリ

こんなことなら北海道5日間船の旅にして、往復ぐっすり寝ればよかったよ。

楽しかった?旅行もすっ飛んでしまうほど、猛烈に忙しい毎日を、強力スタミナドリンクを飲んで耐えました。

いつまで持つかしら?と思いながら。

その積もった話は、順次お伝えできれば・・・・・いいのになcoldsweats01

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